いろいろと言われても、どれも机上の空論じゃない。ただ見るだけしかできない生がどれほど辛いかを無視して、「内なる世界」なんて、よく言えるね。かゆいところがあっても、自分でかけない。「ここを掻いて」と伝えることもできない。ただ耐えなければならない辛さを考えてみて。
腹が立つのはもっともだよ。
私は、TLcSになっても生き続けることに積極的な意味を見いだせるんじゃないか、と思う。早いうちから、「内なる世界」で生きる自己訓練をすることで、TLcSになっても尊厳ある生を続けられる可能性がある、ということ。まあ、あくまでも可能性だし、「誰でもそうなれる」とは言わないけど、今から「内なる世界」を充実させることを試してみて、自分の可能性をどう考えるかが大切なんじゃない?
それから、「かゆい」ことすら表現できない辛さを無視したつもりはないよ。これも表現できるうちからケアする方たちによく観察してもらって、そういう辛い時のあなたを理解してもらえるように、準備しておくといい。実際、ケアをなさっている方に聞くと、そんな表現が感じ取れるそうだ。
あなたはどの意見に近いですか?
では、続きを見てみましょう。

